タンゴマガジンの編集長のご挨拶

タンゴマガジンの編集長を務めます、たけしと言います。先ずは自己紹介を記すべく、どのようなご挨拶から始めようかと、頭を掻いています。参ったなぁ、マガジンなんて大きなタイトルにした手前、こっぱずかしい。

(深呼吸)

私は地方都市で生まれ育ち、高校卒業と同時に、バブル時代のドラマの影響もあってか、華の東京ライフを夢見て文化服装学院へ通いました。卒業はしたものの、就職なんて思考もなく、一旦は地元へと戻り、某雑誌編集長の鶴の一声で、東京へ舞い戻ります。鶴というか、ドラマというか、ロマンチックなんっすよね、この頃。そして、有名メゾンのパタンナーアシスタントを数年経験し、同時に、行けば有名になれるかも!なーんて、自由の精神のセツモードセミナーの夜間部へ通ったのもいい思い出話です。貧乏だったけれど、振り返れば過去はいつだって美しいですよね。
当時出会った友人は今も僕にとっての最大の宝です。数時間だって自慢できます。特技の自慢話に花が咲きそうです。苦笑
現在は本業の機械修理屋をしながら、モダン家具のディーラーをやったりしています。ウェブコンサル少々です。
人生斑ら模様になるとは、、さてと、

質問「どうしてタンゴをやってるの?」

アルゼンチンタンゴと出会ったのは、2015年の夏だったので、ちょうど3年が経ちます。
ダンスも社交場にも縁のない身でしたので、まさか続くとは思っても見ませんでした。

キッカケは、そうですねぇ、音楽に魅せられて始めたわけでも、映画のスクリーンに夢中になって、やって来た世界でもなく、単に暇を持て余していた時期に友人から誘われことが呼び水でして、当初はペアダンスと言えば、周防監督のシャルウィダンス?のイメージが強いモノでしたから、影でこっそりと踊るもの、人に言うなんて「以ての外!」「ダサいっしょ!」その様に考えていましたから、
当初は友人からのお誘いを、断っていました、でもまぁ流石にもう断れない。大切な友人に嫌われるだろうからと試しに体験レッスンへ行ったような流れです、行けばテーブルの上にレッスンの日程表があったから、皆さんも行くものと信じ、そのまま僕は通うようになったわけです。行けば魅力的な方々が集う、何か面白そうなことがあるかなぁ。そんな日が楽しかったんだと思います。

四捨五入をすれば40近い、のんき野郎です。

アルゼンチンタンゴと出会って1、2年間はレッスンに通ったり休んだり、所謂、ミロンガの隅の方にいる人でした、(今でも隅にいますが、、)特段、タンゴを続けていく理由も、辞める理由も特になかったのですが、
昨年(2017年)の1月からは、ちゃんとレッスンに通い、体調を崩した5月を除けば週に2~4日はタンゴ靴を履いています。

タンゴに魅せられた1人です。

タンゴに関するお話は幾分持ち合わせている訳で、例えばシューズの巻。ここで紐解くと大変に散らかると思いますので、次回へと持ち越しますが、アルゼンチンから輸入した話や、楽天で求めた一足、Amazonで見つけた素敵シューズの話など、ブログでご紹介できればとも考えています。マイナーな世界には、よくあるお話です。

そんな調子で、ちょうど1年くらいは、タンゴに真剣に向き合ってきました。気持ちが抜けてた時もあるけど、ご愛嬌ということで許してくだされ。って感じですね。

よく仲間とも話します、失礼、諸先輩方々との会話のお題になることがありました。

「もっとタンゴを踊る人が増えるといいよね!」って。

プロもアマもミロンゲーロもミロンゲーラもタンゲーロ。呼び名も年齢も性別も職業だって、勿論、肌の色なんて、まったく関係のない世界で、「踊る人が増えるといいよね!」もっと素直に言うなら、「タンゴが持っている世界観を1人でも多くの人に知ってほしい!、届けたい!」そんなことを考えていたら、とにかく間口を広げながら初心者に優しく、エスコートできるようなウェブサイトを立ち上げようと考えに至りました。気持ちはいつも前ノメリ、見切り発車ですが、先ずは日本に関するタンゴ情報を集めながら発信を始めてみようと考えています。

タンゴの上手は人から、「踊りが上手になると、景色が変わるよ。」なんて言葉を掛けられたことがあります。景色なんて自分の心が感じるもの、人生と同じでタンゴと出会ったからこそ改めて知った、人と人を繋げる素敵な魅力や情報を発信したいです。

タンゴの話は恋の話と同様に尽きないですよね。タンゴを通じて自分に向き合える点に於いては、今の自分にとっては魅力のひとつになっています。

どうか、春の日差しのように温かいカベセオ(目線)で見守っていただければ幸いです。

※勢いでタイピングした文章ですから、頃合いを見計らって調整します。